イギリス生活記

2018年後期のYMSビザに当選。2019年3月に渡英してロンドン生活開始。3度目の渡英ですがロンドンに住むのは初めて!「ロンドンに飽きた人は人生に飽きた人」は本当か検証中

Jack the Ripper/切り裂きジャック ツアー ロンドンで無料ウォーキングツアー


Jack the Ripper/切り裂きジャック ツアー ロンドンで無料ウォーキングツアー:image

 

Jack the Ripper(切り裂きジャック)ツアーに参加してきました。

ロンドンと言えば有名で、更に今のお家に住む前にはこの切り裂きジャック事件が起こった近くに住んできたので興味が沸き、参加してみました。

 

Jack the Ripperについてほぼ何も知らなく、 殺人などの怪奇ものは怖いと思って避けてきたタイプの人間ですが、とっても有意義なツアーだったので、ご紹介したいと思います。

 

 

 

 

切り裂きジャックツアーの概要

私が今回参加したのは、Jack the Ripperの無料ツアー

ロンドン内で多くのJack the Ripperツアーがあり、その中のいくつかは無料のツアーです。

 

いくつかある無料のツアーの中でも今回私が参加したのは、Free Tours by Footによるツアーです。

 

Free Tours by FootによるJack the Ripperツアーは、毎週木曜日と土曜日の夜6時から開催されています。11月の夜6時はもう真っ暗で、更に私が参加した日は小雨が降っていてJack the Ripperツアーにぴったりの雰囲気でした。

 

ツアーはAldgate駅すぐ横のthe Saint Botolph Without Aldgateから始まり、ツアー時間は約2時間。 終了場所はその日のツアーガイドによりますが、ツアー開始場所周辺でAldgate駅とLiverpool street駅の近くです。

 

ツアーはネットにて事前予約が必要です。

ウェブサイトはこちら↓

13 Top London Walking Tours | Free Tours by Foot

 

 

ツアー料金は無料ですが、お気持ちで最後にご自身で料金を決めてチップをガイドさんにお渡しします。

 

 

 

Jack the Ripper

Jack the Ripper(切り裂きジャック)は1888年にロンドンの東側に位置するホワイトチャペル周辺で起こった、連続猟奇殺人事件の犯人の通称名です。

 

1888年の夏の終わり8月31日から11月9日までの間に、ロンドンの東で少なくとも売春婦5名が残酷に切り殺された事件があり、今でも犯人の正体は分かっていません。世界で最も有名な未解決事件です。

 

 

切り裂きジャック連続殺人事件当時のロンドン

切り裂きジャックによる連続殺人がロンドンで起こったのは、1888年のこと。

今から約130年ほど前のロンドンは状況がかなり違ったようです 。

 

 

女性には生きにくい世の中

当時は特に女性にとってはまだまだ生きにくい時代でした。

女性は結婚して夫の収入に頼って生きていくしかほぼ道はなく、未亡人となるとほぼ収入を得ることが難しい時代だったそうです。

 

Jack the Ripperによる被害者は売春婦5名で、 その事実だけを聞くと若い女性がターゲットになってたのかと想像します。しかし実はそうでもないんです。

 

5人目の被害者を除くすべての被害者が40代でした。そして当時のイギリスの平均寿命が55歳であったことを考えると、当時の40代は今日の40代よりも高齢に部類するのかと思います。

 

どうしてそんな高齢な女性が売春婦として生きていたのか?

当時は未亡人女性がお金を稼ぐ手段は体を売ることしかなかったそうです。

 

お金もないホームレスの女性が、ホームレスシェルターに1泊するための4ペンスを稼ぐための手段が売春行為だったそうです。

 

売春は禁止されていましたが、ある一定のルールの元では認められていたそうです。女性はある特定の決められている場所で男性を待ち伏せすることが許されていました。このツアーの集合場所となっていたthe Saint Botolph Without Aldgateもその場所の一つだったそうです。女性が男性を待ち伏せし、男性から女性に話しかければ売春をしてもいいことになっていたそうです。

売春が認められないと女性がお金を稼ぐ手段がなかったため、ある一定条件の元認められていたということです。

 

130年前のロンドンは世界でも進んでいる都市であったと思いますが、今とは全く違った世界だったようです。

 

 

 

移民

当時もロンドンには多くの移民が押し寄せていたそうです。

 

この事件が起こる前はフランスからの移民が来ており、その後はアイルランドから移民が来ていたそうです。そしてJack the Ripperの連続殺人事件が起こっていた当時はユダヤ人が移民としてどんどんイギリスに来ていたそうです。

 

その事実もあってロンドンでの仕事がなく、 より一層女性が仕事を探すのが難しい状況になっていたそうです。

 

第三と第四の殺害があった1888年9月30日の早朝に、 第三の現場近くのゴールストン通りで血の付いたエプロンが発見されました。

そしてその近くの壁にはこう書かれていたそうです。

 

ユダヤ人は理由もなく責められる人たちなのではない」

 

ユダヤ人の犯行であるかのような壁に掛かれた文字。ただ、これによってユダヤ人が犯人像に仕立て上げられることを恐れた警察は、文字が発見された晩の内に消したそうです。

 

いつの時代も仕事がないのは最後に移住してきた人のせいにされてしまうのは変わらないようです。

 

 

切り裂きジャックが当日話題になった理由

もちろん猟奇的な連続殺人事件だったために、当時話題になったということもありますが、それ以外にも当時なぜこの連続殺人事件が話題になったかの理由があったそうです。

 

当時のイギリスはヴィクトリア女王の時代。 本などを中心に大人なセクシャルなものを取り扱うことが禁止されていました。

 

しかしこのJack the Ripperによる殺人は女性を狙ったもので、すべての女性が下腹部から胸までを縦に切り裂かれていたため、そういった状況を説明する新聞やタブロイド紙は通常の本などの発行物では取り扱えない女性の体を説明する文章などを記載することができ、より注目を集めたそうです。

 

 

 

切り裂きジャック現場周辺の歴史的場所

ウォーキングツアーなので、実際に歴史的事件が起こった場所を紹介されながらのツアーです。

 

実際の事件現場となった場所の多くの場所は、当時から建物が新しく建て替えらえています。しかしさすが古い建物が残るロンドン。 いくつかの建物は当時のまま残っています。

 

ツアーの集合場所となったthe Saint Botolph Without Aldgateも当時のままの建物です。

また第五の事件の被害者がJack the Ripperに会った場所だと言われているパブ「The Ten Bells」は現在も残っていて、 現在もパブとして経営しています。

 

 

切り裂きジャック第5の殺害現場の現在はユニクロ

第1から第4までの被害者がホームレスの売春婦だった一方、第5の被害者であるメアリー・ジェーン・ケリーのみが20代の若い女性で、家がありました。

 

家があったとはいえ、彼女の仕事もまた売春婦です。

メアリー・ジェーン・ケリーは家の向いにあるパブ「The Ten Bells」でJack the Ripperに出会い、 売春婦としても仕事をこなすためにメアリーの家へ二人で行きました。

 

そこでメアリーは、5人の被害者の中でもっとも残酷な殺され方をして亡くなっています。 部屋の鍵は掛けられた状態で見つかったメアリー。今までの4名の被害者よりも年齢も若く、更に今まで以上に残酷な殺され方をしたという謎が多い事件です。

 

こちらの現場、現在は建物が立て替えられて今では新しくなっています。そしてその新しい建物の1階には日本でおなじみのユニクロがお店を出しています。

Spitalfieldsマーケットの近くです。

 

 

 

犯罪現場で初めて使われた写真

写真が発明されたのは1888年よりも前のことですが、 警察によって犯罪現場の証拠を記録するために写真が使われたのは 、Jack the Ripperの第5の被害者が初めてのことだそうです。

 

それまでは絵が描かれていたそうです。

 

 

様々な名前で呼ばれたJack the Ripper

実はJack the Ripperによる猟奇的殺人のうち半分までは、犯人には別の名前がついていました。殺害が始まってからずっとJack the Ripperと呼ばれていた訳ではありません。

 

最初の殺害があった当時は、犯罪が起こった場所からWhitechapel Murderer(ホワイトチャペル殺人鬼)と呼ばれていました。ロンドンの東にあるホワイトチャペル地区で起こった殺人事件だった為です。

 

そして第二の殺害が起こった現場には革のエプロンが落ちていた事から、次は Leather Apron(革のエプロン)と呼ばれました。

 

そしてその後3週間ほど殺人事件が収まっていたのですが、警察の元にJack the Ripperと名乗るものから殺害に関する手紙が届きます。

 

後々この手紙は事件記事を載せていたタブロイド紙がより売上を伸ばせる様にタブロイド記者が警察宛に書いたと申し出たものもいますが、真相はわかっていません。

 

しかしあのJack the Ripperは最初から切り裂きジャックという名前だった訳ではないのは事実です。

 

 

 

いくつもの仮説

この猟奇的な切り裂きジャックの連続殺人事件は未だに未解決です。

 

いくつものJack the Ripperの犯人像の仮説がありますが、その中でもガイドさんがお話してくれておもしろいな、と思った仮説2つをご紹介致します。

 

ロイヤルファミリーが関与

1つ目の仮説は、ロイヤルファミリーが関与しているという説です。

 

猟奇的な連続殺人事件の裏にロイヤルファミリーが関与していた説だなんて、なんともイギリス的で、また誰かが書いたかのような説だなって感じです。

 

ロイヤルファミリーが関与している説は、当時の女王様の孫がロンドンの東にいる売春婦と恋に落ちていたという噂を消し去るためだと言われています。

 

女王様の孫が売春婦と恋に落ちていたというだけでNGですが、その売春婦はイギリス国教会ではなくカトリック教徒だったとか。ロイヤルファミリーがカトリックの売春婦と恋に落ちたなんて噂が広がったら大変だということで、ロイヤルファミリーがこの事件の裏にいたという説があるそうです。

 

一人の売春婦だけを殺害してはロイヤルファミリーが何を隠そうとして、どんな恐ろしい事をしたかを見つかってしまうため、5名の犠牲者がいたとか。ロイヤルファミリーが裏で企て行った殺人事件なので、警察にバレずに殺害することができたという説です。

 

しかしこの説を否定する証拠があるようです。

 

そうは言ってもこの説は何ともイギリスらしくておもしろい説に感じます。

 

5人目の被害者メアリーの元カレ

2つ目の面白いと思った説は、5人目の被害者メアリーの元彼が犯人だという説です。

 

メアリー以外の被害者がホームレスの中年の女性だったのに対し、メアリーはまだ20代で家がありました。

 

その家はメアリーとメアリーの元彼が一緒に住んでいた家です。

しかしメアリーの元カレはメアリーに売春婦として働くのを辞めてほしいとお願いをするが、メアリーは売春婦としてお金持ちに気に入られ、パリに1か月間そのお金持ちと滞在するなど、成功した売春婦としてある意味、そのキャリアを満喫していましたし、売春婦を辞めたところで仕事がないのを分かっていたので辞めませんでした。

 

売春婦を辞めないメアリーに対し元カレは怒り、二人は別れ彼は出て行きます。そういった状況からこのメアリーの元カレが切り裂きジャックなのではないかという説が浮かび上がってきました。

 

メアリーに売春婦を辞めさせるために、メアリーと同じような地域で働く売春婦を殺害します。この売春婦殺害事件からメアリーが売春婦であることを怖がり、売春婦を諦める事を望んでいたのではないかと。

 

しかし売春婦が殺害されているにも関わらず、売春婦であり続けるメアリーを最終的には殺害したのではないか、だからメアリーが一番残酷な殺され方をしているのではないかという説です。

 

しかしこの怖いロマンチックな説も、メアリーの元カレにはアリバイもあり、成立しない事が証明されています。

 

 

 

今でも多くの謎が残るJack the Ripperによる連続殺害事件。知れば知るほどおもしろいんじゃないかなと思いました。

無料ツアーでここまで充実したツアーをしてくれるなんて最高でした!

Jack the Ripperについてもっと知りたくなったので、今度はJack the ripper museumにも行ってみようと思います。

 

 

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